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「・・・あぁ、そうか。3分ぐらいが限界だった。」 3分?何のことだろう。 愛理は眠る千聖にも泣きじゃくる私にもそんなに驚いてないみたいで、いつもと変わらない口調で「飲む?」とペットボトルを差し出してきた。 「ありがと。」 私が麦茶に口をつけている間、愛理は何にも言わずに千聖の髪を優しく梳いていた。 苦しそうだった千聖の表情が少しずつ和らいで、寝言も収まってきた。 「すごいね、愛理。千聖辛そうにしてたのに、愛理が来ただけで落ち着いてる。」 「私も最初はどうしたらいいかわからなかったんだけど、お泊りのときとかこういうこと何度かあって、それでいろいろ試してみたの。頭に触れられると安心するみたい。 それより、梨沙子は大丈夫?」 愛理は千聖の顔を見つめたまま、私に話しかけてきた。 「あ、うん。お茶飲んだら落ち着いた。」 「そっか。」 その後しばらくの間、私と愛理は黙って千聖の頭を撫で続けた。 いっぱい話したいことはあるけれど、何をどう言ったらいいのかわからなかった。 愛理は私と違って、困ったり傷ついたりしてもあんまりそれを表には出さない。 こういうデリケートな話の時は特に、知らないうちに愛理を追い詰めてしまいそうで怖かった。 同い年だけれど大人っぽくて、とても優しい愛理。 できれば困らせたくないけれど、このまま黙り続けているのは辛い。 私は千聖の髪を滑る愛理の指を掴んだ。 目が合った。 愛理はいつもどおり、穏やかで優しい眼をしている。 「梨沙子、ごめんね。」 「えっ」 愛理の手が、千聖から離れる。 そのまま、私の肩を優しく抱きしめてくれた。 「気づいてたんだよね、梨沙子。黙ってるの、辛かったでしょ。本当にごめん。」 何のことかなんて言わなくてもお互いに通じ合っていた。 「謝らないで。愛理は悪くないの。私が馬鹿だから、勝手に悩んでただけだよ。」 ああ、また気を使わせてしまった。 さっきまで平気な顔してたのは、これ以上私を刺激しないためだったんだ。 「本当に気にしないで。それよりも、私が千聖にしてあげられることがあったら教えて。愛理の言うことだったら、何でもやるよ。」 さっき思い切り泣いたから、今度は落ち着いて話すことができた。 「いいよ、梨沙子まだ調子悪いんでしょ?今はキュートで何とかできるから。」 「でも私だって、千聖のこと助けたい。だって愛理は、いつも自分のことより私とか、千聖のこととか、そっちばっかり優先してくれるでしょ。 私だって愛理の役に立ちたいもん。私たち、中2トリオでしょ。」 「梨沙子・・・」 それから私と愛理は千聖の側を少し離れて、ちっちゃい声で情報交換しあった。 キュートの楽屋に行く前から、千聖のお嬢様キャラについて知っていたこと。 ももにだけそのことを話してあること。 さっきプロレス技を仕掛けたのは、自分でちゃんと今の千聖のことを確認したかったから。 愛理は生真面目にメモまで取って、熱心に聴いてくれた。 「そっか、もう楽屋に来たときには知ってたんだね。キュート全員、慌てちゃったよ。ばれたらどうしようって。」 「多分、何にも知らなかったら気づかなかったと思う。千聖、演技するの上手いんだね。」 私がそう言うと、愛理はちょっと難しい顔になった。 「でも、そのせいで千聖を追い詰めてるとしたら」 「えっ」 私たちの目線は、眠っている千聖に向けられた。 まだ口をむにゃむにゃ動かしているけれど、もう怖い顔はしていないみたいだ。 「キュートの中で今、もとの千聖に戻って欲しい人とこのままでいい人とで意見が別れてるの。 前の千聖がいい人にとっては今の千聖の存在自体が許せなくて、その気持ちを直接千聖にぶつけてしまったこともあったらしいんだ。」 これは、多分舞ちゃんが千聖に謝っていたあのことだ。 「皆にはそこまで強く言ってないけど、私は今でもそのことが許せなくて。 もともと、私はどっちかって言ったらお嬢様キャラのままでいてほしい派だったのね。何か、前より共通点が見つかったり、気があったりしてたから。 でももうそんなことどうでもいい。ただ、最新の千聖の心を守りたい。 だから、今の千聖にとって不自然じゃない状態・・・・それがお嬢様なら、そのままでいたほうがいいんじゃないかって思ってる。 いくら上手に前の千聖を演じてたって、こうやってすぐに疲れちゃうよね。 夢の中でまで苦しいなんて、そんなのは可哀想だ。 でも私はさっき、梨沙子にバレたら困るからって、明るい千聖になって、梨沙子と接してって千聖に言った。矛盾してるよね。」 愛理はすごい勢いでまくしたてる。私は黙って、愛理の吐き出す言葉を受け止めてあげることしかできなかった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「りーちゃん。」 千聖の唇が、私の名前を刻む。 もう、だめかもしれない。 せめて、愛理が戻ってくるまでは・・・そう思っていたら、千聖は急に頭を私の肩に乗せてきた。 「わあっ!どうしたの?」 「ちょっ・・・と、待って、ごめん」 大きなため息をついて、千聖はそれっきり黙りこんでしまった。 「千聖も、調子悪くなっちゃったの?」 「んー・・・」 困ったな。大人を呼びに行ったほうがいいのかな。 でも私もまだちょっとおなかチクチクしてるし、あんまり動きたくない感じだ。 「千聖。ベッド半分こしよう。」 とりあえず私は体をずらして、千聖を隣に寝かせてみた。 せまいベッドだけれど、横向きになれば十分一緒にお布団の中に入れた。 「ありがとう、梨沙子さん。」 あ、お嬢様の時の喋り方になってる。 ボーッとした顔してるから、無意識なのかも。 何度かめんどくさそうに瞬きを繰り返したあと、千聖の唇から寝息が聞こえてきた。 どうしたんだろう、急に。疲れちゃった? 特にすることもないから、何となく千聖の顔や体をぺたぺた触ったり、クンクンしたりして暇をつぶした。 千聖はおなかはぺったんこだけれど、腕や足には適度におにくが付いてて女の子っぽい。 ぷくぷくした感触が気持ちよくてつっついて遊んでいたら、眠ったままの千聖が何か呟き出した。 「んん?」 そういえば愛理が、千聖はよく寝言を言うんだよといっていた気がした。これか。 「・・・・い。・・・ぃ。」 「えっ?何?」 耳を近づける。 「こわい・・・」 「怖、い?千聖、怖いの?何が怖い?」 「わか・・・ない。怖い・・・・」 千聖はギュッとみけんに皺をよせて、ちっちゃい体を震わせている。 「千聖、大丈夫だよ。梨沙子がそばにいるから。怖くない、怖くない・・・・」 寝言を言ってる人に話しかけちゃいけないって誰かが言ってた気がするんだけど、大丈夫だよね? 「りさ・・・こ」 「うん、そうだよ。梨沙子が守ってあげるからね。なんにも怖くないよ。」 「・・・・だ、れ?」 「ん、だから、りさこ」 「・・・たし、・・・・・私・・・だれ・・・・・?」 ――ああ。 千聖はきっとこんな風になっちゃって、自分がどんな人だったのわからなくなって、夢の中でまで悩んでいるんだ。 「ちさとぉ・・・」 おさまりかけていた涙が、ボロボロ落ちていく。嫌だ、こんなのは可哀想すぎる。 「ただいまー。遅くなっちゃった・・・・あれ?どうしたの?」 その時、愛理がペットボトルを何個か持って戻ってきた。 「梨沙子、泣いてるの?」 「愛理ぃ・・・・」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 「しかし、あの岡井もついに19歳か」 大学の授業と夕方の雑誌の撮影を終えて、ファンの方たちからのお手紙を受け取りに立ち寄った事務所で、ふいにスタッフさんがつぶやいた。 「鈴木さん見習って、少しは大人っぽくなればいいのにな」 「いえいえ、ケッケッケ」 「ほんと岡井、昔から変わらないですよねー」 「来年20歳なのに、あれじゃなあ。先週も曲覚えないでレコーディング来て・・・」 相手次第では、陰口のようにも取れてしまうようなスタッフさん同士の会話も、その対象が彼女――岡井千聖であるならば、全然違うニュアンスになる。 まず、小言を言っているとは思えないほど表情が柔らかい。千聖の巻き起こす珍騒動やあのキャラクターを、みんなが愛さずにはいられない。そんな風に思っているが伝わってくる。 「今日、誕生日イベントですよね、千聖」 「だね。もう終わった頃だろうけど・・・」 そう、本日は千聖の誕生日当日。バースデーイベントが行われている日だ。 私も舞美ちゃん達みたいに、イベントで一緒に歌いたかったな。それがダメでも、客席で千聖の歌の世界に浸りたかった。 4月から大学生になって、新しい世界や友達も増えたけれど、反面、自分のもともとの居場所や仲間を今まで以上に恋しく感じる。 ――千聖に、会いたいな。 私はケータイを取り出して、アドレス帳を辿った。 ***** 「あいりん毎日お疲れ様だねー!」 なんと、それからものの数分後。 たくさんのバースデープレゼントを抱え込んだ千聖が、私の目の前でにこにこと笑っている。 「いやいや、岡さんこそ。イベント、お疲れ様でしたぁ。ケッケッケ」 千聖は、イベント終了後に事務所に来ていたらしい。 電話をかけてみると、同じフロア内から、“いっさましい~”と聞き覚えのある着信音が聞こえ、奥のソファから人が落下するものすごい音が響き渡ってきたのだ。 「せっかく今日に合わせて、ファンの人が手紙とか送ってくれたんだからさー、今日中に受け取りたくてー、でもスタッフさんたちまだ愛理のしか仕分けしてないとかいうからー」 なるほど。 さっきはまだこの大量のプレゼントをさばき切れていなかったから、待ちくたびれた千聖はいつもどおり“岡井ちゃん、寝る!”モードになっていたらしい。 私からの突然の電話に驚いて、ソファから大転倒!というわけか。ほんと、マンガみたいなキャラだなあ。 「千聖、もう帰っちゃう?」 「うん?そうだね、プレゼント受け取ったし」 じゃあ途中まで一緒に帰ろう、と言おうとして、私のお口は、無意識に全く違う言葉を発していた。 「10分でいいから、二人で誕生日パーティー、しようよ!」 ――ところ変わって、事務所の屋上。 「いえーい、カンパーイ!」 「・・・・おう」 テンション高い私とは裏腹に、千聖は眉間にしわを寄せて納得がいかないようなご様子。 「もっと盛り上がろうよ、フゥー!」 「いやいや、鈴木さん。怖い人ですわぁ、アナタ」 自分自身でもびっくりな私からの提案に、えっ、マジですか!祝って祝って!と見えないシッポをバタバタ振って喜ぶ千聖が可愛らしすぎて、浮かれた私は、いろいろと間違ってしまった。 まずは飲み物を!と屋上の自動販売機で「ミステリー」というボタンを押したら、この時節に、あったか~いおしるこドリンクが出てきたのだ(これは私のせいじゃないよね!)。 さらに、軽食の販売機はカ●リーメイトの紛い物らしき怪しいビスケットしかなく、これらを買ったところで、運悪く私のお財布はすっからかんになってしまったのだ。 「あっつ!おしるこ熱いよ!ビスケットしょっぱ!ねー、あいりんどういうセンスしてんの、本当に!」 不服そうながらも、千聖は私の買ってきたものに口をつけてくれる。 私のキャラがそうさせるのか、普段、私はあんまりバシバシツッコミを入れられることがない。 こうやって、容赦なくやり込めてくれるのって、千聖や舞ぐらいだ。そして、私はひそかにそうされることに喜びを感じていたりする。 「パーティーなんていうから、何か準備してくれてたのかと思ったらさー」 「まあまあ、いいじゃないか!見たまえ、この屋上からの景色を!これが私からのプレゼントなのだよ!」 「・・・・・ぶっ」 数秒の沈黙のあと、私たちは全く同じタイミングで肩をすくめて吹き出した。 「なるほどー、さすが鈴木区長の作った街は綺麗ですねー」 「はっはっは、魚も安くて新鮮ですぞ」 こういうゆるーいノリも、私と千聖ならでは。 ツッコミのつもりで頭を軽くたたくと、頭突きで応戦してくれる。 私はこういう千聖としか共有できないような瞬間がとても好きで、幸い今はM様やNっきぃといった、千聖の関心をもってっちゃう人たちはいない。 私は勇気を出して、もう1歩踏み出したことを言ってみることにした。 「私たちって、不仲ってことになってるらしいよ。知ってた?」 「ん?フナカ?」 「仲悪く見えるんだってさ」 「それ、前も言ってなかった?」 「だって、なんか、ファンの人に言われたし。ブログのコメントにも書かれたことあるし」 「ふーん」 ――前にも言った?そうだったっけ。よっぽど私の中で、根付いてしまっている事柄らしい。 果たして、千聖はどう思っているんだろう。もちろん、これだけ一緒に居て、いまさらお互いの気持ちを疑うような段階ではないけれど、そういう“外野”からの声を、千聖はどう受け止めているのか、気になるところではあった。 「ウケるね」 しばらくして、千聖はムフフと笑いながら、一言そう言い放った。 「ウケるの?」 「ウケるじゃん!どーせ千聖が愛理に嫉妬して!センターの人はいいよねってパターンでしょ?まあ実際そのとおりなわけですが!」 「合ってるのかよ!」 ふざけて殴りかかる振りをしながら、私たちはキャーキャーと騒いでじゃれあう。 ――そっか、これはウケてもいいんだ。ウケていいことなんだ。 そう思ったら、はしゃいでいたはずなのに、私はなぜか泣きそうになってしまった。 「あいりん?どうかしたの?」 心配そうに顔を覗き込まれて、私は慌ててニカッと笑って見せる。 「ケッケッケ、今度さ、イベントで寸劇やろうよ!ちさまいなっきぃが私と舞美ちゃんをボコボコにする的な」 「うーわっ、それ確実に千聖たちがとばっちりくらうじゃん!怖いわー、うちのエース怖いわー!」 大げさにブルッと身震いすると、千聖は唐突に、屋上の手すりのところまで走って行った。 「来て、あいりん!」 呼ばれるままに足を進めて、千聖の隣に並ぶ。 あ、悪い顔してる。何かイタズラを思いついた時の顔だ。 私に対しては、そうヒドいことを仕掛けてはこないだろうけど・・・とりあえず、身構えてその茶色い瞳をじっと覗き込む。 すると、千聖は突然息を吸い込んで、「あーーーー!」と思いっきり叫んだ。 「へぇえ!?」 「ほら、あいりんも一緒に!」 そう言いながら、今度は音階をつけての大声。 ――あ、これ、発声練習の時のメロディだ。 それで私は、千聖が何をしたいのか感じ取ることができた。 「千聖」 「うん!いくよ、せぇ~の」 ♪―――流れ星 願いをこめれば 君に伝わるの 示しわせたかのように、同じタイミングで歌い出す。 うん、ハモりもバッチリ。私たちは自然に手をつないでいた。 ♪――涙星 ほほに流れてる 私の涙よ 千聖は私の目をじっと見ている。 私の歌に全身全霊を集中させて、この瞬間、二人だけの“作品”を作り出そうとしてくれている。 千聖が、今この瞬間、私の歌と自分の歌を合わせることを選んでくれた。そのことに、じわりとあったかい喜びが湧き上がってきた。 「やっぱり、千聖、あいりんの歌大好きだな!」 「私も!千聖の歌、最高!大好き!」 「こんなの、千聖とあいりんじゃなきゃできないな!」 「できないな!」 ――私たち、バカップルの素質があるんじゃないのか? とりとめなく浮かぶ、お互いへのノロケ(?)を、ぶつけ合うのが楽しくてたまらないなんて。 「ねえ!千聖いいこと思いついた!毎年、お互いの誕生日にさ、ここで歌おうよ!」 「おぉ~、素晴らしい!だけど、多分千聖明日には忘れてるよ。ケッケッケ」 なんだとー!とか言いながら掴みかかってくるのを、わざと抵抗せずに受け止めて、私たちはついに、屋上にゴロンと仰向けに転がってしまった。 切り替わった視界に、満天の夜空が広がっている。 傍らの千聖も、呆けたような表情で、空へと視線を這わせているようだった。 凛々しくて、それでいてどこかあどけない不思議な横顔。 19歳の千聖は、またどんどん変わっていくのかな。外見も、歌声も、内面も。 私たちの関係は何も変わらないけれど、変わっていくお互いを、これからもずっと見つめ合い続けたい。千聖もきっと、そう思っているだろう。 同い年コンビだけの、特別な感情。特別なかかわり。 誰がどういう邪推をしようとも、私たちはこうして、ゆるぎない絆でつながっているのだ。 「「ねえ、もう1曲・・・」」 ほら、こうやって気持ちが重なる。笑い声が弾けていく。 誰にもわかんない関係でも、二人だけにしか共有できない“ナニカ”であっても。 もうすぐ、スタッフさんたちが私たちを探しに来てしまうかもしれない。この幸せな時間に、いつか終わりが来るなんて信じられないけれど。 名残惜しむかのように、歌声を一層おおきくすれば、対抗するかのように、千聖の声の調子も上がっていく。 千聖の誕生日を祝っていたはずなのに、私、いったい何やってるんだろう。とても可笑しくて、不思議な状況。これも、千聖と私ならではということなのだろうか。 尽きることのないハーモニーに身をゆだねながら、私は緩やかな幸福感に満たされていた。 次へ TOP
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「何でって」 上目づかいで盗み見た千聖は少し眉を寄せて、一生懸命考え込んでいるみたいだった。 「ねぇ~なんか言ってよぉ千聖ぉ。」 中2にしてはずいぶん豊かなたゆんたゆんに猫みたいに顔を擦り付けたら、千聖は高い笑い声を上げて身をよじった。 「ごめんなさい・・・きっと、理由なんてないんだと思います。」 「ちょっとぉ、散々考えてその結論とか!」 甘えモードでむくれてみせる。 「だって、好きな人とは自然に一緒にいたくなるものですから。桃子さんの側にいたいことや、なにかお役に立ちたいと思うことは、私にとって当たり前のことなんです。 舞さんや、梨沙子さんや愛理のことも大好きですが、私にとっては桃子さんと過ごす時間も比べ物にならないくらい尊いものだから。我慢だなんて、少しもしていないわ。」 「・・・・いやー、長文喋るね。ももびっくりしたよ。あのアホの千聖が。」 「あ、あほ?」 私は照れ隠しに千聖をからかう。本当に、今の千聖は何のためらいもなくストレートに言葉をぶつけてくるからたまらない。 嬉しいんだけどむずがゆいような感覚がたまらなくて、もう少し駄々っ子桃子に付き合ってもらうことにした。 「まあでも、千聖がもものことだぁーい好きなのはわかった。ありがとね。 じゃあ今度は、もものどこが好きなのか言って。とりあえず100個!はい、よーいスタート!」 「ひゃくっ!?え、えーと・・・笑顔が可愛らしくて好きです。」 「ほーい。じゃあ次!」 「歌声が好きです。」 こんな調子で、千聖はほとんど淀みなく私の長所をあげてくれた。 前の千聖だったらどうかな?同じこと3回ぐらい言って、逆ギレして10個もいかないでやめてたかも。 千聖は照れ屋で、しかも言葉をよく知らないところがあるから、本当に伝えたいことをちゃんと言えなくて落ち込んだりトラブルになったりすることがよくあった。 そう考えると、このお嬢様千聖はある意味で今までの千聖の代弁者なのかもしれない。 聡明で落着いていて、優しいけれど理路整然と自分の意見を堂々と言うことができる。 この千聖を手放したくない人たちの気持ちはよくわかる気がした。 「さーて、よく頑張ったね千聖。じゃあ次は、いよいよラス1だよ。どうぞ!」 「・・・」 あれ? 今までスラスラ答えてくれていたのに、千聖は急に黙ってしまった。 「千聖?もう限界?」 「あ・・・・違うんです。私、桃子さんの大好きなところだったらまだいくらでも言えるから、最後の1つを決めかねてしまって。」 心底困った顔で私を見つめてくる。 お・・・お!これは、なかなかすごい羞恥プレイだ。背中のかけないところがむずむずするような感覚。 「ちーさーとー!照れるってそういうの!ほら早く決めて決めて!」 「んと、はい、決めました。桃子さんの一番好きなところ。・・・いつもプロのアイドルであり続けるところです。」 プロ。 それは私にとって敬称であり蔑称である不思議な言葉だった。 「もーちょい、くわしく。」 「私にとって、桃子さんはアイドルとしての憧れです。 いつでも笑顔を絶やさない桃子さんの強さも、ファンの方をとても大切になさっている暖かさも、可愛らしい歌声も、誰もがうっとりしてしまうような握手も。 私は色黒だし、桃子さんみたいに可愛らしい振る舞いもできないけれど、握手の心得だけは真似させていただいたりしてます。 今までも、これからもずっと、私の1番のアイドルは桃子さんです。」 ――ああ。 きっと私は、こういう風に全面的に肯定されたかったんだ。 私はずっと、自分のアイドルとしての振る舞いに、プライドを持って頑張ってきた。 「やりすぎ」「キモイ」なんていう陰口も跳ね飛ばすぐらいの気持ちで、私なりの道を歩んできたつもりだった。 強いね、とはよく言われる。自分でもそう思う。 それでもふとした瞬間によぎる不安感・・・本当に、このままでいいの?という疑問に、心が揺れることもあった。 今の千聖の言葉は、そんな私の思いも全てを総括して認めてくれたように感じられた。 間違ってなかったんだ。 これで良かったんだ。 不思議な安堵感に包まれて、私は千聖の肩に顔を埋めた。 「桃子さん。」 「・・・泣いてないからね。」 「はい。」 無条件に自分の存在そのものを肯定してくれる人が、この世の中にどれほどいるだろう。 私の可愛い妹がそうしてくれたように、私も彼女の全てを受け止めて、守ってあげたい。 そう思った。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「っ・・・」 「千聖?」 小さく息を呑んで、千聖は箸を取り落とした。そのまま、口元を押さえて席を立つ。 「千・・・」 追いかけようと立ち上がりかけた舞ちゃんを制して、みぃたんがその後ろ姿を追いかけた。いつものほわほわした雰囲気とは違って、とても慌てた顔をしていた。 「・・・どうしたんだろねー」 千聖のお箸を拾ってあげながら、愛理が首を捻る。 「体調、悪いのかな?結構元気そうに見えたんだけど」 今は、ハロプロ合同コンサートの中日。ちょうど、お昼休憩の真っ最中。 こういう時は、普段はあんまり会えない、他グループの仲良しさんとごはんを食べるのが恒例になってるんだけど、今日は何となく「℃-uteで食べよっか!」みたいな空気になって、楽屋で仲良く食事をしていたところだった。 今日の千聖は、お嬢様キャラだった。 私たち℃-uteにとってはおなじみのこのキャラも、ベリーズや娘。メンバーには相変わらず新鮮なようで、休憩のたびにあっちへこっちへ振り回されまくってるから、ちょっと疲労がたまってしまっていた可能性もある。 「・・・私も、ちょっと見てくるね」 一応、私はこれでもサブリーダー的な立場になるわけで。今日の今後のステージのためにも、千聖の状態を把握しておきたい。 そう思って立ち上がると、「あ、私も」「舞も」と2人が続いてくれた。 25 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 27 08.28 0 * 「はぁ、はぁ・・・」 もう動悸はおさまったけれど、私は水道の蛇口を全開にしたまま、再び口を押さえて鏡を見つめた。 ただでさえあんまり好きではない自分の顔が、紅潮して余計に可愛らしくないものになっているような気がした。 “ちっさー。” 目を閉じると、舞美さんの優しい笑顔が浮かんでくる。 “これで、大丈夫だよ” “恥ずかしくないから。いつでも舞美が・・・してあげるからね” 大きくて温かい手。私のよりもずっと器用に動く、長い指が、“それ”を摘み上げる。何度も何度も。その度に私は嬉しくなって、舞美さんも満足そうに笑って私の頭を撫でてくれた。・・・それなのに。 ――これは、あの時の・・・? 無意識に、胸を両手で押さえる。このことは、私だけの秘密にしておかないと。きっと舞美さんは、責任を感じてしまうだろう。 それに、私には皆さんに上手く説明する自信もない。口にするのがとても恥ずかしいから。 だって・・・“あんなこと”を人にお願いするなんて。 “ちっさーは、可愛いね。ちゃんと・・・してあげるから、舞美に全部まかせて” 爽やかに笑う笑顔を思い浮かべていたら、またピリッと痛みが走った。 「うっ・・・」 私は再び身を乗り出して、洗面器に向かって咳き込んだ。 26 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 28 27.02 0 * 「ケホッ・・・ケホッ」 一番奥の洗面台の前で、ちっさーはとても苦しそうにしていた。 「ちっさー!」 「あ・・・、まい、み、さ」 私はちっさーの背中をさすった。手のひらにトクントクンと早い鼓動が響いて、胸が締め付けられるような気がした。 「・・・ごめんね、ちっさー」 「え・・?」 「ごめん、だって、私が・・・」 「違うわ、舞美さん。舞美さんは何も。千聖があんなことを、舞美さんに・・・・」 激しく首を横に振るちっさーを抱き寄せて、髪に指を通した。私のせいで、苦しい思いをしたはずなのに、文句も言わないで気遣ってくれる。嬉しいけれど、同時に自分を情けなく思う。 「もう、大丈夫?」 「ええ。ごめんなさい。皆さんも、驚いてしまったかしら」 「・・・戻るの、少し休んでからにしよ?舞も、みんなもちっさーのこと心配していろいろ聞いてくると思うけど、言いにくかったら私から説明するよ」 「あっ・・・」 私は指先で、ちっさーの喉をそっと撫でた。すべすべした皮膚の下で、キュッと小さな音がした。 「舞美さ・・・」 「ごめんね、ちっさー。あの時、痛かったでしょ・・・」 27 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 29 56.45 0 * 「舞美さ、ん・・・大丈夫、ですから」 千聖は首筋を這う舞美ちゃんの指をそっと捕まえると、体を離そうとした。でも、舞美ちゃんは後ろから千聖をしっかり抱いたまま、離れようとしない。 「・・・ごめん」 また、謝罪の言葉。一体何のことなのかわからないけど、お気軽に質問できる雰囲気でもない。トイレに入るタイミングを逃した今、物陰に隠れたまま、なっきぃ舞ちゃんとともに、2人の動向を見守ることしかできなかった。 「舞美さん、もうそのことは・・・。だって、あれは、千聖がお願いして」 「でも、結局私、ちっさーに辛い思いさせちゃった。きっとえりなら、もっと上手に・・・」 「違うわ。私は舞美さんがよかったの。だから」 落ち込んだ様子の舞美ちゃんのほっぺに、千聖が優しく触れた。2人はじっと見つめ合っている。 「きゃんっ・・・」 ふいに、舞美ちゃんの指が、千聖の唇に触れた。そのままゆっくり引きおろされていく。 「ここ?この辺は・・」 「っ、・・・・・あぅ・・」 「ちっさー・・・」 ――え、なに、これ。なにやってんだ、一体。さっきから、舞美ちゃんが千聖の首筋や喉を何度も撫で付けて、まるで・・・ 「・・・ね、なんの話、してるんだろ」 耳元のなっきぃのささやき声も、心なしか湿った色を含んでいるような気がした。・・・このエロ女帝が。 28 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 31 33.60 0 「ま、舞美、さん」 「ちっさー・・・あの、太いの、痛かったでしょ。奥まで刺さって」 「あ・・そんな」 「血、出ちゃったんじゃない?ちゃんと私、責任取るから。とにかく、今は少し安静にしたほうが・・・」 「ちょっと・・・」 「え、これって」 なっきぃと顔を見合わせたまま、何と言っていいのかわからず、私たちは頭を捻った。 ――えーっと。つまり、まぁ、なんだ。私だって、恋愛経験といっていいものが皆無とはいえ、普通にちょっと刺激的な漫画だって読むわけで。 従いましてまったくそういう知識というものがないというわけではないこともないといいますか、 そもそも岡井さんにおかれましてはその、なんだ包み隠さす申しあげますと、案外性的な接触に関して奔放な面が見受けられるわけでございますし梅田さんや萩原嬢ひいては私自身等とも 「・・・・つまりこれは、舞美ちゃんが、千聖の初めてを奪って、妊娠させたということでしゅね」 「ヘッ!」 いきなりずっと黙っていた舞ちゃんが、真顔で、2人を見つめたままそんなことをつぶやいたもんだから、私は某ピンクのベストがトレードマークのお笑い芸人さんのような声を出してしまった。 「い、いや、あのね、舞ちゃん」 「とりあえず、戻ろう。立ち聞きはかっこ悪いし。いこ、2人とも」 舞ちゃんは爽やかに笑うと、やけに軽やかな足取りで、楽屋の方に向かって歩いていった。こ、怖いよう! TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ グズグズ悩んでいるうちにキャプテンが私とみやを呼びにきてしまった。 「ちょっと待ってて、梨沙子と話がしたいんだけど。」 「みや、後でいいよ。」 「でも何か言いたいことがあったんでしょ?」 「いいってば!」 自分でもどうしていいかわからない気持ちになって、思わずみやに大きい声を出してしまった。 「・・・・そか。ごめんね。先、行ってるから。」 「あ・・・」 みやはちょっと悲しそうな顔で笑って、キャプテンと一緒に歩いていってしまった。 人に当り散らすなんて、一番やっちゃいけないことなのに。 それも、私を心配してくれているみやを傷つけてしまった。 「うー・・・最低だ。」 何だか悲しくなってきた。 今日は何もかも全部がうまくいっていないような気がする。 どうしてこうなっちゃったのかな。千聖の秘密を知ったとき、誰にも言わなければよかったのかな? それとも、ももだけじゃなくてみんなに言って相談するべきだったのかな? 「梨沙子、行こっか。」 まぁが何にも聞かないで、優しく肩を抱いて一緒に歩いてくれた。 みんな私に優しくしてくれてるのに、私は迷惑をかけてばっかりだ。 私なんか、ダンスの振り覚えるのは遅いし、歌だってももやみやみたいにかっこよく歌えてないし、すぐ集中力がないって怒られるし、 あ、ヤバイ。泣きそうになってきた。 「まぁ~・・・。」 私はちっちゃい子がママに甘えるみたいに、まぁの腰にしがみついて、引きずられるように部屋を移動した。 当然コメ撮りも最悪な感じで、私のところで何度もつっかえて撮りなおしの連続になってしまった。 なんだかんだ言っても、ももや千奈美は仕事になれば頭を切り替えてちゃんと仲良く目を合わせて笑ったりなんかしている。 みやだって、さっきのことはなかったように私に話を振ってくれる。 あぁ、私だけ子供だ・・・。 マネージャーから何度も何度も怒られてるうちに、大きな手に胃がギューッと握られてるような感覚になって、私はついにうずくまってしまった。 「梨沙子?」 「どうした?」 「・・・・・・・・・・・おなか、痛い。」 その後すぐのことは、あんまりはっきり覚えていない。 貧血みたいに体がグワングワンして、多分まぁと熊井ちゃんに抱えられて医務室に連れて行ってもらったんだと思う。 しばらく休んでいるように言われたから、体を横にしてブランケットに包まった。 午後の気持ちいいお日様のにおいに和んでウトウトしかけた頃、小さなノックの音が聞こえた。 ちょっとめんどくさいから、眠っているふりをしていたら、「シーッ」なんて言いながら人が入ってきた。 「寝てるね・・・」 この声は、愛理だ。嬉しくて飛び起きそうになったけれど、横にもう一人誰かいる感じだったから、そのまま寝たふりを続けた。 「ベリーズもコンサートが近いから、スケジュールが詰まっていて疲れてしまったのかもしれないわね。」 「だね。」 ・・・この喋り方。 私が自販機の前で、偶然聞いてしまったあの時と同じだ。 舞ちゃんの吐き出す言葉を、優しく包み込んでいた・・・・ 千聖だ。 ももや私に見せていたのとは違う、今の千聖の本当の姿でここにいるんだ。 目を開ける勇気は出なかった。 私が起きてると知った時の、愛理と千聖の慌てる顔を想像したらなんだか辛くなってしまった。 「お熱はないみたいね。何か、飲み物でも用意しましょうか。」 ちょっと体温の高い、丸っこい指が私のおでこに触れた。 「あ、じゃあ小銭あるから私行って来るね。梨沙子のこと見ててあげて。・・・あと、今のうちに明るい方の千聖になっておいて。」 「ええ。」 愛理が扉を閉める音がした。 ついに2人っきりだ。 もう今からじゃ、ももに助けを求めることなんてできない。 薄目を開けて見つめた千聖の顔は、別人みたいに落ちついた優しい顔で、私はなんともいえない恐ろしさを感じた。 次へ TOP
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前へ 千聖と離れた私は、しばらく舞美ちゃんやちぃたちとバカ話で盛りあがった。 時々聞こえる千聖の楽しそうな声が、私を安心させてくれる。 「何か舞ちゃん、大人になったよね。」 「そう?まあ、いろいろあったから。」 「うん、舞は本当によくできた妹だよ。心も外見も急成長した!舞は最高にいい妹だね!」 「・・・・恥ずかしいから2回も言わないでいいよ。」 考えてみれば、千聖が頭打ったあの事件から、まだ1ヶ月もたっていない。 喜怒哀楽の全てをフル活用した、あまりにも中身の濃すぎる数週間だった。 「ねー、もうそろそろお開きにしませんか!あんまり遅くなると中学生組はお父さんお母さんも心配しちゃうだろうし。」 30分ぐらいして、キャプテンが大きな声でみんなに呼びかけた。 「えー」 「えー、じゃないの。またすぐ会えるんだから。早くお菓子片付けよう。」 チョコやクッキーはみんなで山分けして(ポテチの残りは舞美ちゃんがなっきぃにカ゛ーッした)、ゴミをまとめると、急ぎ足で部屋を出た。 ベリキューそれぞれのロッカーで荷物を持って、大階段のあたりで再び合流する。 「いい?行くよー」 まるで集団下校みたいだ。舞美ちゃんとえりかちゃんが先頭で、一番後ろはキャプともも。 私と千聖は前から2番目。後ろには茉麻となっきぃがいた。 年長組に挟まれて、みんなでキャーキャー言いながら階段を降り始めた。 「あ・・・嫌だわ、私ったら。いただいたお菓子、ロッカーに置いてきちゃった。」 私が手に提げていたお菓子の袋を見て、千聖が声をあげた。 「また今度でいいんじゃない?レッスンすぐあるし。」 「でも・・・明日菜たちにおみやげで持って帰りたいの。すぐに追いかけるから、私ちょっと戻ります。」 千聖はそういうと、くるっと後ろを振り返った。 「茉麻さん、ちょっとごめんなさい。私・・・」 「えっ!?」 茉麻は私たちに完全にお尻を向けて、後ろ歩きしながら熊井ちゃんとおしゃべりしていた。 急に話しかけられてびっくりしたんだろう、若干オーバーリアクション気味に、体全体で思いっきり振り返った。 茉麻のほうへ駆け寄っていった千聖の胸のあたりに、いきおいよく茉麻のひじがぶつかった。 「あ」 「あ」 「あ」 何人かの唖然とした声が重なる。 デジャヴ。 こんな光景を、私は知っていた。 もっとずーっとずーっと昔、茉麻に飛びつこうとした千聖が、振り返った勢いで吹っ飛ばされてしまった事件があった。 私は直接見たわけじゃないけれど、あとでビデオかなんかで見て、おなかが痛くなるほど大笑いしたからよく覚えている。 もうあんなに子供じゃないけれど、千聖はやっぱり体が小さいし、茉麻は大きい。 驚いた顔のままの千聖が、階段から押し出されて宙に浮いた。スローモーションのように、体が倒れていく。 「危ない!」 舞美ちゃんの大声で、私の時間感覚は元に戻った。 階段から落ちかけた千聖を、舞美ちゃんが両腕で抱きとめた。 千聖をかばったまま、2人は階段の一番下に落ちてしまった。 「千聖!!!!」 私は自分の口から、こんな金切り声が出たのを初めて聞いた。 もう大事な人を失いたくない。恐怖で足がガクガク震えて、座り込んでしまった。 「舞美!千聖!」 茉麻が真っ青になって、2人のところへ走っていく。 「ごめん、私・・・!」 「えっ何?どうしたの?」 「落ちたの?大丈夫?」 後ろの方のみんなも、人が落ちる鈍い音に驚いて集まってきた。 「舞ちゃん、立てる?」 肩を貸してくれたなっきぃの体も震えている。 「舞美・・・・」 「・・・・イタタタ・・・背中打ったー・・・。一瞬息止まったんだけど」 しばらくして、舞美ちゃんが照れ笑いしながら、体を起こした。 「平気なの?舞美。」 「うん、もうあと5段ぐらいだったから。なんてことないよ。それより・・・よかった。今度は守れた。」 舞美ちゃんは優しい顔で、千聖の体を抱きしめなおした。 でも 「・・・・ちっさー?ちっさー?・・・・・どうしよう、ちっさー、どこか打ったのかもしれない。起きないよ。」 舞美ちゃんの腕の中の千聖は、目を閉じたまま全く動かなかった。 「舞ちゃん?」 大切な人を失う恐怖で、体から力が抜けていく。 「・・・私、マネージャー呼んでくる。」 「私も。」 愛理と栞菜の声が遠ざかっていくとともに、私の意識もゆっくり遠のいていった。 次へ TOP
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梨沙子たちが熱い友情を確かめ合っている姿を確認してから、私はそっと医務室のドアを閉めた。 お姉さんなんだから、ここは3人の成長した姿を一緒に喜んであげるべきなんだろうけど 「まったく、何やってんだろう私は。」 そのことよりもはるかに大きな自己嫌悪で、心が晴れなかった。 高校生にもなって、幼稚な自分が情けない。 私が徳さんと揉めていたせいで梨沙子を構ってあげられなくて、ただでさえ少ない梨沙子の心と頭の容量をパンパンにしてしまった。 優しくてデリケートな梨沙子はお腹を痛くして、撮影を中断をしなければいけない事態に陥った。 様子を見に行こうとするメンバーを止めたのは正解だった。 何となく、千聖が梨沙子のところにいる気がしたから。 まあ、その時の私の態度がまた顰蹙をかったみたいなんだけど。 考えてみたら、私には今のベリーズでこの人!という仲良しがいないのだった。 最近はボーノの活動もあって、みやと一緒にいることもあるけれど、それでもみやの隣を私の定位置と言うにはしのびない。少なくとも、みやにとってはそうだろう。 例えばだけど、仲良し2人組を作れといわれたら、 まぁとくまいちょーはテッパン。 キャプテンと徳さんとみや・・・はキャプかみやどっちかが徳さんと組んで、組まなかった方が梨沙子とペアになるのかな。別に嫌々とかじゃなく、まあ自然な成り行きで。 それで、私は一人ぼっちか。 「うわあ。」 単なる妄想なんだけど、リアルに考えたら何だか凹んだ。 もうずっと昔のことだけど、私はベリーズの中で浮きまくっていた。 皆と足並みを揃えないで、一人で理想のアイドル像に近づこうとする私の姿は勘に障るものだったのかもしれない。 それでも私は、アイドルになったからには一番を目指したかった。 別に一人でも平気。私は友達を作るためにここにいるんじゃないって思っていた。 そんな私も、同じように皆と群れなかった舞波とは不思議と波長があって、あぶれたもの同士と言わんばかりに隅っこで2人ぼっちになっていることが多かった。 お互い輪に入れないことを愚痴るでもなく、話すことがあるなら話すし、なければ話さないけど一緒にいるような、とてもドライで、でも2人にとってはすごく心地よい関係だったと思う。 だから彼女がベリーズを卒業するラストコンサートでも、私は舞波の思いに答えるため、たった2粒涙を落とすだけのお別れにした。 あれから私は、一度も舞波と連絡を取っていない。 それでも、舞波への気持ちはあの頃と少しも変わっていない。 私にとって、今でもベリーズでの一番の仲良しは、舞波しかいないのかもしれない。 昔に比べたら私も妥協することを学習したし、皆も私を認めてくれて距離は縮まった。 今はベリーズ工房が大好きだと、本心で言える。 それでもふとした瞬間、ここは私の居場所なのだろうかと胸騒ぎを覚えることがある。 前だけ見て全力で走り続けて、つまずいて転んだら手を差し伸べてくれるメンバーはいるだろうか? 「・・・・ちさと。」 ふいに口をついて出たのは、密かに私の支えとなってくれている可愛い妹分の名前だった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「みぃたん、そんなに落ち込まないでよ。そういうみぃたんのお気楽なところとか、天然に救われることだっていっぱいあるんだから、ね?」 なっきぃが必死でフォローしてくれたけれど、何だか褒められてるのかけなされてるのかわからない。 もうちょっと人の変化に気づけるようにならないと・・・ さすがに反省しながらレッスン室に戻ると、もうすっかりお通夜ムードになってしまっていた。 愛理と舞ちゃんはキュートの中では泣かない側の二人だ。 こういう時なっきぃみたいに感情を爆発させない分、複雑な思いを自分の中に溜め込んでしまうんだろう。 「・・・あ、舞美ちゃん。今日はとりあえず解散でいいって。もうえりかちゃんと栞菜は1階に下りたよ。明日はお休みだから、今後の予定についてはマネージャーさんから改めて連絡があるって。」 ちっさーの荷物をまとめながら、愛理が丁寧に報告してくれた。 「そか、じゃあ私ちょっとマネージャーのとこ行ってくるから、4人で先に帰ってて。千聖のこと、お願いしていいかな。」 険しい顔の舞ちゃんが、無言でうなずいた。 まるで自分以外の全てからちっさーを遠ざけるかのように、ちっさーの顔を自分の胸に押し付けている。 舞ちゃん、怖い。 大丈夫だよね?愛理となっきぃもいるし。 その後私はマネージャーに今回の出来事について聞かれ(と言っても本当に何にも知らないんだけど)、リーダーなんだから周りを見てやれと注意を受け、ついでにちっさーのあのキャラはどうにかできないのかとまで言われた。 私は年長者だしリーダーだから、いろいろ指摘を受けるのはしょうがないんだけど、 ちっさーのことまで言われるのはどうしても納得がいかなかった。 「あれはちっさーのせいじゃないんです!」 「わざとああいうキャラにしてるんじゃありません!」 言い返すことなんてめったにない私が声を張ったから、マネージャーは目をパチクリさせてびっくりしていた(私も自分でびっくりした)。 マネージャーも機嫌が良くない日だったのかもしれない。ちっさーの状況はわかってるはずなのに、わざわざこのタイミングで言ってくるなんて。 もちろん口論にはならなかったけれど、なんとも気まずい感じで部屋をあとにした。 人に大きい声出すなんて、あんまり気持ちのいいものじゃない。 「はい、ドンマーイ・・・・へぇそうかーい・・・ハァ」 元気が出るかと思って呟いてみたけれど、逆にむなしくなってしまった。 こんな日はさっさと帰るに限る。 ストレス解消に一人ファッションショーでもやろうかな。 愛犬たちと夜のお散歩に行くのもいいかもしれない。 なるべく楽しいことを考えながら荷物を取りにロッカールームのドアを開けると、暗い部屋の隅っこに人影が。 「うわっ!!」 あわてて電気をつける。 体育座りでうつむいていたのは、舞ちゃんたちと帰ったはずのちっさーだった。 小柄でショートカットの風貌は、一瞬座敷わらしかなんかの妖怪に見えた。 「な・・・なんだ、ちっさーか。どうしたの?みんなは?」 ちっさーは無言で首を振る。 「ちっさー?」 顔を覗き込んでも、ちっさーは何にも言ってくれない。 困ったな。 私はあんまり勘のいいほうじゃないから、こういう場合、無言の相手から何かを察してあげるというのができない。 「とりあえず、出ようか。」 ちっちゃい子を抱っこするみたいによっこいしょとちっさーを持ち上げた瞬間、かばんに入れっぱなしのケータイが鳴った。 「あ、ごめんちょっと待って。」 愛理からメールが届いていた。 【千聖が「どうしても舞美ちゃんを待ちたい、来るまで一人にしてほしい」と言うので、私たち3人は玄関の前まで移動しました。このまま舞美ちゃんと千聖が来るの待ったほうがいいかな?返事まってます。 舞ちゃんが怖いよー!】 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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○| ̄|_ 今の私の気持ちを記号にすると、まさにこんな感じだった。 「舞美ちゃん、鈍すぎる。」 わりとよく言われる言葉だけれど、さすがに今日ばかりは反省せざるをえない。 まさか、私だけが何も気づかなかったとは・・・・。 最近は何の事件もなく、平和だったはずのキュートに、いきなり超緊急事態が発生した。 ダンスレッスンの休憩中、舞ちゃんと喋っていたら、いきなり「どうしたの!?」となっきぃの甲高い声がした。 あわてて振り向いたら、栞菜とちっさーが床に座り込んで泣いていた。 「えっ」 何事? 今の今まで特にケンカをしている様子もなかったのに、いきなりの展開に頭がついていかない。 「千聖!」 舞ちゃんは半分私を押しのけるような感じで、千聖のところへ走っていった。 栞菜にはすでにえりがついているけれど、どう見ても栞菜の方が大変な状況に見えたから、私は後ろから背中をさすってあげることにした。 あんまり興奮しすぎたからか、過呼吸みたいになってしまっている。 栞菜はすごく感受性が強いから、ネガティブな出来事にはとても弱い。 「大丈夫、大丈夫」と声をかけていると、少しずつだけれど落着いてきたみたいだ。 「えりかちゃん、これ。飲ませてあげて。」 愛理がスポーツドリンクを持ってきた。 「ありがとう。・・・舞美、ちょっと背中ポンポンするのストップね。」 「あ、うん。」 私は手持ち無沙汰になってしまったので、今度はちっさーの様子を見ることにした。 ちっさーにはなっきぃと舞ちゃんがついている。 もうちっさーは泣いていなかったけれど、まったく生気のない目をしていた。 「千聖ぉ、どうしたの」 べそかきながら介抱するなっきぃにも、強く手を握る舞ちゃんにも、何の反応も示していない。 ちっさーの瞳は、いつも光を取り込んでキラキラしている。 その綺麗な瞳が今は輝きを失って、人形みたいに虚ろな表情だった。 これは普通のケンカじゃない。 鈍感な私もそれは理解できた。 問題は、ここからどうすればいいかだ。 話し合いができるような状態じゃないし、レッスンを再開できるとも思えない。 「舞美。今日はもう栞菜帰らせてもいいかな。ウチが送るから。」 一人で考え込んでいると、えりに後ろから肩をたたかれた。 栞菜はまだひどく泣きじゃくっていて、崩れ落ちるような体勢で愛理にしがみついている。 確かに、一度ここから離れて落ち着かせたほうがよさそうだ。 「うん、そうだね。」 「じゃあ、マネージャーさんたちに言ってくる。」 あ、それは私が。と言う前に、えりは走って行ってしまった。 何か私、全然役に立ててない。 じゃあタクシーでも、と思ったら、もうすでに愛理が連絡を取ってくれていた。 「なっきぃ、顔洗ってきたら?千聖には舞がついてるから、大丈夫だよ。」 私があたふたしているうちに、舞ちゃんにうながされてなっきぃが立ち上がった。 「あ、じゃあ私一緒に行く。」 そこはなっきぃじゃなくてちっさーに付くべきだろうと言った後で気がついたけれど、今更撤回するのもおかしいから、なっきぃの肩に手を回して一緒に外へ出た。 「何か、びっくりしたね。」 「うん・・・こないだ2人が様子おかしかった時、ちゃんと相談に乗ってあげればよかった。」 あれ?心当たりがない。 「そんなことあったっけ?今日いきなり変な感じになっちゃったのかと思ってた。」 「ほ、ほら、あの、皆にみぃたんちで遊んだ写真見せてた時、栞菜が先帰っちゃったでしょ?なんか千聖落ち込んじゃってて。」 「あぁ~、あれか!」 情けない話だけれど、今の今まで記憶の中からすっぽ抜けていた。 「あの後もさ、2人ちょっと変だったでしょ。栞菜が千聖にすごいいろいろしてあげてるって感じだったけど、全然楽しそうじゃないの。」 「・・・・ごめん、それ全然気づかなかったよ。」 「もーー!みぃたん、鈍いよぅ・・・・みんなで気にしてたのにー!」 口尖らせて文句を言われて、じわじわと気持ちが落ちてきた。 私、本当にリーダーでいい、の、かな・・・・? TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -